ユネスコ世界遺産

南アフリカの南部沿岸に点在する更新世の考古遺跡群は、現生人類(ホモ・サピエンス)の行動的進化を物語る重要な証拠を数多く残しており、2024年「現生人類の行動の出現:南アフリカの更新世の居住地群」として、世界遺産に登録されました。

この記事では、各遺跡の特徴や発見された文化的痕跡、そして世界遺産としての評価ポイントを詳しく紹介します。

南アフリカの更新世の居住地群とは

登録された名称と位置情報

この世界遺産は、正式には「現生人類の行動の出現:南アフリカの更新世の居住地群(The Emergence of Modern Human Behaviour: The Pleistocene Occupation Sites of South Africa)」と呼ばれ、2024年にユネスコ世界遺産に登録されました。

対象地域は南アフリカ共和国の南部沿岸部に広がっており、構成資産にはディープクルーフ・ロックシェルター、ピナクル・ポイント遺跡群、シブドゥ洞窟の3つの主要な考古遺跡が含まれています。これらは西ケープ州とクワズール・ナタール州に位置し、いずれも海岸線に近い場所に存在しています。

世界的に注目される理由と基本概要

この遺産群が注目される理由は、約12万〜7万年前の更新世中期において、現生人類(ホモ・サピエンス)の“現代的行動様式”が現れたことを示す物的証拠が数多く残されている点にあります。ここで言う現代的行動様式とは、抽象的思考、象徴的行動、計画的な道具製作、海洋資源の利用など、人類が現在のような文化的・認知的能力を持つようになる転換点を意味しています。これらの遺跡からは、色素の使用、刻線を伴う装飾品、複雑な石器の製作跡が確認されており、人類進化に関する理解を大きく深める重要な研究材料となっています。

南アフリカの更新世の居住地群の各構成資産の概要

ディープクルーフ・ロックシェルターの特徴と発見

ディープクルーフ・ロックシェルターは、西ケープ州に位置する断崖下の岩陰遺跡で、約7万年前の人類の活動痕跡が豊富に残されています。この遺跡の最大の特徴は、「ハウノイのスクラッチパターン」と呼ばれる幾何学的な刻線が施されたオストラコド(貝殻の破片)が多数出土している点にあります。これらは象徴的な思考や視覚的コミュニケーションの存在を示す証拠とされており、人類が抽象的な概念を持ち始めた初期の例として注目されています。

さらに、多層的な文化層が保存状態よく重なっており、長期間にわたる居住と行動の変化を読み解く貴重なデータが得られています。

ピナクル・ポイント遺跡群の意義と成果

ピナクル・ポイント遺跡群は、現生人類による海洋資源の利用や石器技術の進化を示す数々の証拠が見つかっている重要な考古学的地点です。とくに注目されるのは、約16万年前の層から発見された熱処理された石材の使用です。これは、石器を加熱して加工しやすくするという高度な技術を示すもので、人類が自然環境に働きかける知識と工夫を持っていたことを物語っています。

また、貝類や海藻などの沿岸資源の活用も確認されており、人類が海辺の環境に適応していた初期の姿を明らかにしています。

シブドゥ洞窟の発掘史と主要な成果

シブドゥ洞窟はクワズール・ナタール州の沿岸丘陵地にある洞窟で、1960年代から継続的な考古学調査が行われてきました。この洞窟では、装飾された貝殻、赤色顔料の使用、動植物を素材にした道具などが出土し、文化的・象徴的行動の存在を裏付ける成果が数多く得られています。

また、植物繊維で編まれたロープの痕跡や、点火のための道具も発見されており、人類の技術的進歩を示す重要な手がかりとなっています。こうした発見は、現生人類が持つ多様な認知能力や生活技術が、すでに更新世の段階で出現していたことを強く示しています。

行動的現生人類の証拠

象徴的思考と芸術的表現の痕跡

南アフリカの更新世の居住地群からは、象徴的思考を示す明確な証拠がいくつも見つかっています。ディープクルーフ・ロックシェルターでは、幾何学模様の刻線が施されたオストラコド(貝殻片)が多数出土しており、これは抽象的な概念や視覚的コミュニケーションが存在していたことを示唆します。

また、シブドゥ洞窟では赤色顔料(オーカー)の使用や装飾された貝殻も見つかっており、身体装飾や儀礼的用途に用いられていたと考えられています。

これらは、現生人類がすでに象徴的・芸術的な表現を行っていたことを裏付ける重要な文化的痕跡です。

先進的な石器・道具の製作技術

この地域の遺跡群から出土した石器類は、単なる刃物としての機能を超えた計画的・効率的な製作技術の存在を示しています。特にピナクル・ポイント遺跡では、石器の原材料を加熱処理することで加工性を高める高度な技術が、約16万年前という時期にすでに使われていたことが判明しました。

また、複数の遺跡からは、植物繊維を使ったロープや、骨や木を素材とした針状道具なども出土しており、道具の種類と用途が多様化していたことがうかがえます。これらの証拠は、人類が環境に応じて柔軟に技術を発展させていたことを示すものです。

海岸資源の利用とその文化的意義

現生人類が海洋資源を積極的に利用していたことも、これらの遺跡の大きな特徴です。ピナクル・ポイントやシブドゥ洞窟では、貝類、魚、海藻などの海洋資源が調理・摂取されていた痕跡が確認されています。このような海岸資源の利用は、定住型の生活への適応や、食料の多様化と安定化につながるものであり、文化的発展の土台ともなりました。

さらに、海辺の生活は社会的な協調や情報の伝達を促進し、人間集団の構造や信仰、儀礼などの発展にも影響を与えたと考えられています。

世界遺産登録の経緯と評価ポイント

登録までのプロセスと関係者の取り組み

南アフリカの更新世の居住地群は、長年にわたる考古学的調査と保存活動を経て、2024年にユネスコの世界遺産に登録されました。この登録は、南アフリカ政府の文化遺産関連機関、大学研究者、地域社会の協力のもとで進められました。考古学的な重要性だけでなく、地元の協力を得た持続可能な管理体制の構築も評価され、推薦書の内容もICOMOSの助言をもとに精緻化されました。登録は、学術的・文化的意義だけでなく、地域の意識向上や教育的効果も含めた総合的な価値を認められた結果といえます。

登録基準(iii)(iv)(v)の詳細とその意義

この遺産群は、以下の3つの登録基準に基づき世界遺産として認められました。

基準(iii)

現生人類が約12万年前から行っていた象徴的行動、宗教的儀式、道具製作などの文化的表現が保存されており、人類文化の初期の発展段階を示す顕著な証拠がある点が評価されました。刻線入りの貝殻や赤色顔料の使用などは、人類の精神文化の黎明期を理解するうえで極めて重要です。

基準(iv)

石器の熱処理技術や高度な道具製作、食料調達の戦略などが、先史時代における技術革新と適応能力の発展を示す顕著な例として評価されました。こうした技術の痕跡は、現生人類が自然環境に対していかに創造的かつ計画的に対応してきたかを物語っています。

基準(v)

海洋資源の利用や洞窟環境への定住といった行動は、人類が環境とどのように相互作用し、土地利用を行っていたかを示すものであり、更新世における人類の生活様式の多様性と柔軟性を明らかにしています。自然と人間の関係性を表す象徴的な事例として評価されました。

まとめ

いかがだったでしょうか。

南アフリカの更新世の居住地群は、人類が「人間らしく」なっていく過程を物語る、とても奥深い世界遺産だと感じました。

抽象的な思考の痕跡や、計画的に作られた石器、海の資源を活かした暮らしなど、どれも私たちの遠い祖先がすでに知恵と工夫を持っていたことを物語っているようですね。

投稿者 伊藤

慶應義塾大学文学部卒業。在学中は西洋史学を専攻し、20世紀におけるアメリカの人種差別問題を題材に卒業論文を執筆。2021年に世界遺産検定1級を取得し、2024年には美術検定2級も取得。スタートアップ企業でCTOを務める傍ら、世界遺産クエストを通じて、世界遺産に関する発信活動を行う。

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