ポルトガルの首都リスボンに佇む「ジェロニモス修道院」と「ベレンの塔」は、大航海時代の栄光を今に伝える歴史的建造物です。15〜16世紀にかけて築かれたこれらの建物は、海洋帝国として隆盛を極めたポルトガルの誇りと信仰、そして芸術的洗練を象徴する存在として、1983年に文化遺産として世界遺産に登録されました。石に刻まれた航海の物語と、マヌエル様式の精緻な装飾美が融合するこの場所は、世界史と建築の交差点とも言える魅力にあふれています。
この記事では、その歴史的背景や建築様式、文化的意義について詳しく紐解いていきます。
ジェロニモス修道院とベレンの塔とは
ジェロニモス修道院とベレンの塔の基本情報
ポルトガルの首都リスボンに位置する「ジェロニモス修道院とベレンの塔」は、ポルトガルが大航海時代に築いた栄光の象徴として知られ、「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」という遺産名で1983年に世界遺産に登録されました。ジェロニモス修道院は16世紀初頭に建設が始まり、ポルトガル王マヌエル1世の命によってエンリケ航海王子の偉業を称えるために建てられたものです。一方、テージョ川河口に立つベレンの塔は、防衛施設として1514年から1520年にかけて建造され、リスボンの港を守る役割を果たしました。
両建造物は、マヌエル様式(ポルトガル独自の後期ゴシック建築)を代表する作品としても高く評価されており、石の細工や海洋モチーフに富んだ精緻な装飾が特徴です。これらは単なる建築物にとどまらず、ポルトガルの歴史、文化、芸術、そして世界への航海の精神を体現する遺産といえます。
リスボンの海洋都市としての歴史的文脈
15世紀から16世紀にかけて、リスボンはポルトガルの海洋帝国の中心地として急速に発展しました。ヴァスコ・ダ・ガマをはじめとする探検家たちは、ここを出発点としてインド洋やアフリカ沿岸、さらには南アメリカへと航海を行い、世界との貿易網を広げていきました。ジェロニモス修道院は、こうした航海の成功を祈願し、神への感謝を捧げる場として建設されました。
一方、ベレンの塔は軍事的な要所であると同時に、リスボンに入港する船の目印ともなり、海洋国家ポルトガルの玄関口としての象徴的存在でもありました。この2つの建造物は、ポルトガルが「世界を結ぶ国」として歴史に名を刻んだ時代の記憶を、今もなおリスボンの風景の中に刻み続けています。
ジェロニモス修道院とベレンの塔の歴史的背景と文化的意義

ポルトガルは大航海時代の先駆け
15世紀から16世紀にかけて、ポルトガルは大航海時代の先駆けとして海洋探索と植民活動を積極的に展開しました。特にヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路の開拓は、ポルトガルを世界的な海洋帝国へと押し上げる大きな転機となりました。こうした時代背景のもと、リスボンは国際貿易の拠点として急速に繁栄し、海洋国家としての威信と宗教的信仰を象徴する建築物の建設が推進されました。
ジェロニモス修道院とベレンの塔は、その象徴的存在です。これらの建造物は、ポルトガルの海洋進出によってもたらされた富と栄光、そして国家としての信仰心や航海者への祈りの精神を具体的に表現する場であり、当時の政治的・宗教的意図が色濃く反映されています。
ジェロニモス修道院はヴァスコ・ダ・ガマの航海を祈願するために建設
ジェロニモス修道院の建設は1501年、ポルトガル王マヌエル1世の命により始まりました。修道院はヴァスコ・ダ・ガマの航海の成功を記念し、また航海の安全を祈願する目的で建てられ、聖ヒエロニムス修道会の僧たちがその管理を担いました。建設には新たに得られた香辛料貿易の利益が活用され、富の象徴として精巧な彫刻や装飾が施されました。修道院は王室の埋葬地としての役割も果たし、国家の精神的中枢としての地位を築いていきます。
一方のベレンの塔は、テージョ川の守りを強化するための軍事施設として1514年に着工され、1520年に完成しました。リスボン港への入口に位置し、敵の侵入を監視・防御する要塞の役割を果たすとともに、航海者たちが出港・帰還する際に通過する象徴的な場所としても機能していました。現在では、その建築的美しさと歴史的意義から、リスボンを代表するランドマークのひとつとなっています。
ジェロニモス修道院とベレンの塔の建築様式と芸術的価値
いずれもマヌエル様式の代表作
ジェロニモス修道院とベレンの塔は、いずれもポルトガル独自の建築様式「マヌエル様式(Estilo Manuelino)」を代表する傑作です。マヌエル様式は、ゴシック建築を基調としつつ、ルネサンスやムデハル、さらにはイスラム建築の要素も取り入れた、非常に装飾性の高いスタイルです。この様式は、大航海時代の象徴でもあり、航海・探検・富を視覚的に表現するモチーフが多く用いられていることが特徴です。
建物の外壁や柱には、ロープ、錨、貝殻、海藻などの海にまつわる意匠が繊細に彫刻されており、当時のポルトガルが海とともに生きていた国であることを感じさせます。また、王家の紋章や十字架、植物文様なども多用され、宗教的・王権的象徴が芸術的な形式で表現されています。これらの装飾は単なる美観ではなく、国家の誇りや精神性を伝える視覚的言語としても機能しています。
修道院と塔に見られる装飾・構造の違い
ジェロニモス修道院とベレンの塔は、同じ時代・様式で建てられながらも、目的と構造に応じた異なる建築的特徴を持っています。
修道院は宗教施設として設計されており、広大な回廊、礼拝堂、王室の墓所を備え、荘厳で静謐な空間が形成されています。特に中庭を囲む二層の回廊は、マヌエル様式の粋を凝らした装飾が施されており、光と影のコントラストの中で建築の美しさが際立ちます。柱一本ごとに異なる彫刻がなされており、細部にまで工芸的な技巧が凝縮されています。
一方、ベレンの塔は要塞としての実用性を重視しつつも、外観は非常に装飾的です。塔のバルコニーや見張り台には、マヌエル様式の特徴的な装飾が施されており、実用建築でありながら芸術的な美観を追求した姿勢がうかがえます。特に、イスラム建築の影響を感じさせるアーチや石の透かし彫り、海にせり出した位置に築かれた造形などが、塔の建築美を際立たせています。
世界遺産登録の評価ポイント
登録基準(iii)(vi)の詳細とその評価理由
ジェロニモス修道院とベレンの塔は、1983年にユネスコの世界遺産に登録され、その評価は主に登録基準(iii)と(vi)に基づいています。
基準(iii)では、これらの建造物がポルトガルの黄金時代を象徴する物的証拠として評価されました。ジェロニモス修道院とベレンの塔は、ポルトガルが15〜16世紀にかけて世界的な海洋国家として隆盛を極めた大航海時代の精神を今に伝えるものであり、宗教的信仰、王権の威厳、そして当時の国民的誇りを体現しています。これらは、国家的・文化的アイデンティティの核心を表す顕著な例であり、人類の文化史においても重要な位置を占めています。
基準(vi)では、大航海時代の探検や発見といった歴史的出来事との直接的な関係性が評価されています。ヴァスコ・ダ・ガマの航海の成功を記念して建設されたジェロニモス修道院や、船の出入りを見守ってきたベレンの塔は、世界規模での文化的・科学的交流の始まりを象徴する記念碑といえます。これらは人類の歴史における画期的な時代と深く結びついており、国際的にも大きな文化的意義を持つ建造物として認識されています。
参考:『Monastery of the Hieronymites and Tower of Belém in Lisbon』(UNESCO)
建築と歴史が融合した文化遺産の意義
ジェロニモス修道院とベレンの塔は、単なる美しい建築物ではなく、ポルトガルの歴史と精神が結晶化した象徴的遺産です。大航海時代の繁栄を支えた航海者たちの信仰の場であり、リスボンを守る要塞であり、そして国民の誇りを形にした建築でもあります。そのすべてが、ポルトガルの文化的背景と建築的技術が融合した結果として評価されています。
特にマヌエル様式による豊かな装飾表現は、建築そのものに歴史や物語を刻み込む役割を果たしており、訪れる者に当時の息吹を強く印象づけます。このように、建築的価値と歴史的背景が密接に結びついた遺産であることが、世界遺産としての高い評価につながっています。
まとめ
いかがだったでしょうか。
大航海時代という人類の転機を象徴する場所として、ポルトガルの誇りや信仰、冒険心が石に刻まれているように感じて、時の流れの重みと人間の営みの壮大さに圧倒されます。
リスボンを訪れるなら、必ず足を運びたい場所ですね。