イングランド南西部に位置する世界遺産「バース」は、古代ローマ時代の温泉都市としての起源と、18世紀ジョージアン時代に形成された計画都市としての姿を、ひとつの都市空間の中に重ね持つ稀有な存在です。単なる歴史的建造物の集合ではなく、「都市そのもの」が文化遺産として評価されている点に、バースの本質的な価値があります。

この記事では、バースがどのような歴史的過程を経て形成され、なぜ世界遺産として高く評価されているのかを、ローマ浴場に始まる都市の歴史と、ジョージアン様式による都市景観の文化的意義という二つの軸から整理します。

世界遺産バースとは何か

世界遺産「バース」は、イングランド南西部サマセット(Somerset)に位置する都市で、古代ローマ時代に築かれた温泉都市としての起源と、18世紀に完成した計画都市としての姿を現在に伝えています。1987年にユネスコ世界遺産に登録されており、その最大の特徴は、単一の建築物や遺跡ではなく「都市全体」が遺産として評価されている点にあります。

バースでは、ローマ帝国が築いた浴場遺構と、近代ヨーロッパの都市計画思想に基づく街路・住宅・広場が、同一の都市空間に重なり合うように保存されています。このように異なる時代の都市構造が断絶することなく継承されている例は少なく、バースは都市史そのものを体感できる世界遺産として位置づけられています。

ローマ浴場に始まるバースの歴史的価値

バースの歴史は、紀元1世紀にローマ人がこの地に到達し、天然温泉を利用した浴場都市を建設したことに始まリマス。ローマ人はこの都市を「アクアエ・スリス(Aquae Sulis)」と呼び、入浴施設だけでなく、神殿や公共空間を備えた都市として整備しました。

ローマ浴場は単なる衛生施設ではなく、宗教儀礼や社交活動に加え、治癒や保養を求める場としても重要な役割を果たしていました。温泉は土着の女神スリス(Sulis)とローマの女神ミネルウァが習合した「スリス・ミネルウァ(Sulis Minerva)」への信仰と結びつき、ローマ文化と土着文化の融合を示す象徴的な存在でもあったそうです。

ローマ帝国衰退後、都市としての機能は一時的に低下するが、温泉そのものは途絶えることなく利用され続けたです。この「温泉資源の連続的利用」が、バースの都市史を一貫して支える基盤となっています。

18世紀ジョージアン様式が生んだ都市景観の文化的価値

17世紀末から18世紀にかけて、温泉の医学的価値が再評価されると、バースは保養と社交の都市として再び注目を集めます。特に18世紀ジョージアン時代には、貴族や上流階級が集う都市として急速に発展し、大規模な都市整備が進められました。

この時代の都市形成を主導したのが、建築家ジョン・ウッド父子ですです。彼らは、個々の建築物を独立して設計するのではなく、街路、広場、住宅群を含めた都市全体を一つの統一的な構成として計画しました。これにより、均整の取れたファサード、同一素材の使用、規則的な街区構成が徹底され、調和の取れた都市景観が生み出されたのです。

バースのジョージアン様式の都市景観は、単なる建築美にとどまらず、18世紀ヨーロッパにおける理想都市像と社会文化を体現するものとして、高い文化的価値を有しています。

バースが世界遺産に登録された理由

バースが世界遺産として評価された理由は、ローマ浴場という古代遺産と、ジョージアン様式による近代都市計画が、ひとつの都市空間の中で連続的に存在している点にあるです。古代から近代に至る都市の発展過程が、視覚的にも構造的にも明確に読み取れる点が、国際的に高く評価されました。

登録基準(ⅰ)では、ジョージアン時代の都市設計が人類の創造的才能を示す傑作ですことが評価されているです。登録基準(ⅱ)は、ローマ文化と近代イギリス文化という異なる時代・文明の交流と継承が都市に刻まれている点を示すものですです。そして登録基準(ⅳ)は、浴場都市から計画都市へと至る歴史的段階を代表する都市構造を備えていることに基づいています。

これらの要素が組み合わさることで、バースは単なる温泉都市ではなく、「都市の進化そのものを示す文化遺産」として世界遺産に登録されたのです。

まとめ

世界遺産バースの本質的な価値は、温泉という自然資源を核に、人類がどのように都市を築き、発展させ、受け継いできたかを、一つの都市空間で示している点にあリマス。古代ローマの公共浴場文化と、18世紀の計画都市思想が断絶することなく重なり合い、現在も都市として機能し続けている点は、他に類を見ない特徴です。

バースは、歴史的価値と文化的価値が重層的に保存された「生きた都市遺産」として、世界遺産に登録される意義を明確に体現している都市だと言えるでしょう。

投稿者 伊藤

慶應義塾大学文学部卒業。在学中は西洋史学を専攻し、20世紀におけるアメリカの人種差別問題を題材に卒業論文を執筆。2021年に世界遺産検定1級を取得し、2024年には美術検定2級も取得。スタートアップ企業でCTOを務める傍ら、世界遺産クエストを通じて、世界遺産に関する発信活動を行う。

ja日本語