万里の長城は、中国の北部を横断する壮大な防御施設であり、世界最大級の建築遺産として広く知られています。紀元前7世紀ごろから複数の王朝によって断続的に築かれ、特に明代に完成した長城は、現在もその姿を多くの地域で見ることができます。防衛のための機能だけでなく、民族間の交流や文化の発展にも深く関わっており、1987年にはユネスコの世界遺産に登録されました。

この記事では、万里の長城の起源から構造、文化的意義、保存活動までを多角的に紹介します。

万里の長城の基本情報

世界遺産としての登録名称と所在地

ユネスコの世界遺産に登録されている正式名称は「The Great Wall(万里の長城)」で、1987年に文化遺産として登録されました。中国北部を東西に横断するように築かれたこの巨大な防御施設は、現在の中国15省・自治区・直轄市にまたがっており、全体の長さは2万キロメートルを超えると推定されています。

首都・北京市をはじめ、河北省、山西省、陝西省、甘粛省など、複数の地域にその遺構が分布しています。かつて中国の統一と安全保障を担ったこの構造物は、今や中国の象徴的存在となっています。

万里の長城における構成資産の範囲と主要エリア

世界遺産としての万里の長城は、特に保存状態が良好で歴史的価値の高い部分を中心に構成資産として登録されています。登録対象は明代に築かれた城壁を中心とし、代表的な遺構としては北京市の八達嶺(バダリン)、慕田峪(ムーティエンユー)、河北省の山海関、甘粛省の嘉峪関などが挙げられます。これらのエリアには、城壁だけでなく、敵台、烽火台、関所、堡塁といった多様な軍事施設も含まれており、軍事戦略と建築技術が融合した体系的な防御ネットワークを今に伝えています。

全体としての資産は複数の断片的セクションで構成されており、それぞれが異なる時代の歴史的背景と建築技法を示しています。

万里の長城の歴史的背景と建設の目的

古代中国における築造の始まりと変遷

万里の長城の起源は、紀元前7世紀ごろの春秋戦国時代にさかのぼります。当時、各地の諸侯国が異民族の侵入を防ぐために築いた防壁が、長城の原型とされています。これらは各国ごとに独立して築かれており、まだ統一された長城ではありませんでした。

紀元前221年に中国を統一した秦の始皇帝は、これらの防壁を接続・延伸させ、北方からの騎馬民族・匈奴に対する一大防御線を構築しました。この秦代の長城が、現在の「万里の長城」と呼ばれる構想の原点です。

その後も時代を経るごとに補修・増築が繰り返され、異なる王朝によって形や規模が変化していきました。

秦・漢・明など各時代の特徴

秦代の長城は、主に土を突き固めて造られた「版築(はんちく)」という工法によって築かれており、構造は簡素ながらも大規模な防御ラインとして機能していました。その後の漢王朝(紀元前206年~紀元220年)では、勢力拡大とともに長城の範囲もさらに北へと延ばされ、シルクロードとの接点を保護する役割も担うようになります。特に西域への軍事的支配を強化する目的で、甘粛や新疆方面にも長城が築かれました。

明王朝(1368年~1644年)時代には、北方のモンゴル勢力の脅威に備えるため、最も大規模かつ堅牢な長城建設が行われました。この時代の長城は、石材やレンガを用いた堅固な構造が特徴で、今日私たちが目にする保存状態の良い区間の多くは明代のものです。明の長城は、単なる壁ではなく、敵台、烽火台、堡塁、関所などを含む一連の軍事施設からなる防衛ネットワークとして整備されており、中国歴代王朝による軍事建築の集大成といえます。

万里の長城の建築技術と構造の特徴

万里の長城の建築技術と構造の特徴

万里の長城の建築素材と構造上の工夫

万里の長城は、建設された時代や地域によって使用された建築素材が大きく異なります。初期の秦代や漢代では、主に現地で採取できる土や葦、木材などが使われ、「版築」と呼ばれる土を突き固める工法が主流でした。一方、明代になると技術が格段に進化し、山岳地帯では石材、平野部では焼きレンガが多用されるようになりました。特に北京周辺の八達嶺などでは、花崗岩や灰色レンガが整然と積まれ、構造の強度と耐久性が格段に向上しています。

また、壁の高さや幅は地形や防御上の要件に応じて調整されており、平均で高さ約7~8メートル、幅は上部で4~5メートルほどあります。上面は兵士が移動しやすいよう舗装され、通路としても機能していました。地形を巧みに利用した築造や素材選定の工夫は、古代中国の土木・建築技術の高さを物語っています。

防御施設としての設計と戦略的役割

万里の長城は、単なる「壁」ではなく、軍事戦略に基づいて設計された高度な防御システムでもあります。長城上には一定間隔で「敵台(てきだい)」と呼ばれる見張り塔が設置され、敵の動向を監視する役割を担いました。さらに、火や煙を使った通信手段である「烽火台(ほうかだい)」も各地に配置され、数百キロメートル離れた地点との連絡も可能なシステムが整えられていました。

また、戦略的に重要な場所には「関所(かんしょ)」や「堡塁(ほうるい)」といった要塞的施設も設けられ、兵士の駐留や補給基地として機能しました。長城全体は山脈や谷など自然の地形を巧みに取り込む形で築かれており、侵入者に対して圧倒的な視覚的・物理的障壁を形成しています。これらの構造は、古代中国における軍事・建築両面の優れた知見が結集されたものであり、長城が単なる建築物を超えた文明の象徴であることを示しています。

万里の長城の文化的・象徴的価値

万里の長城の文化的・象徴的価値

民族間の交流と防衛の象徴

万里の長城は、しばしば「防壁」としての側面が強調されますが、実際には異民族との対立だけでなく、交流の舞台でもありました。北方の遊牧民族と中原の農耕民族との間には交易や文化交流が存在し、長城周辺はその接点となっていました。とくに漢代や唐代には、シルクロードの一部としての機能も果たし、人・物・文化の流れを調整・管理する役割を担っていたのです。

また、防衛施設としての機能も非常に高度で、中央集権体制のもとで組織的に築かれたことにより、国家権力の象徴ともなりました。つまり、万里の長城は単に侵略を防ぐための建造物ではなく、多民族が交わり、時に対立しながらも共存してきた歴史の証でもあります。

現代中国における精神的シンボル

今日の中国において万里の長城は、単なる歴史遺産ではなく、国民的な誇りと精神的象徴として広く認識されています。「長城」は中国語では「中華民族の魂」を象徴する言葉として使われることもあり、統一国家の象徴や中国文明の持続力を示すアイコンとなっています。

また、学校教育や愛国教育の場面でも頻繁に登場し、国内外からの観光客にとっても「中国を代表する景観」としてその存在感を放っています。さらに、オリンピックや国際イベントなどのシンボルとしても使用されるなど、文化・政治の両面で現代中国におけるアイデンティティの核をなす存在となっています。

万里の長城の世界遺産登録における評価ポイント

登録基準別と評価理由

万里の長城は、1987年にユネスコの世界遺産に登録され、6つの登録基準のうち(i)、(ii)、(iii)、(iv)、(vi)に該当する文化的価値があると評価されました。

基準(i):長城は、人類史上最も壮大な建築的成果の一つであり、構造の規模、技術的精度、美的バランスにおいて傑出しています。特に、明代に築かれた石やレンガによる構造は、人間の創造性と構築技術の粋を示すものとされました。

基準(ii):複数の王朝を通じて築かれた長城は、異なる文化や技術が連続的に受け継がれ、互いに影響を与えながら発展してきた例です。建築技法や軍事戦略の発展が、長城を通じて一貫して現れています。

基準(iii):長城は、中国文明における軍事的・社会的・政治的な構造を体現する記念碑的存在であり、国家統一と民族のアイデンティティを象徴する文化的証拠でもあります。

基準(iv):各時代の王朝が築いた長城のセクションは、防衛建築の発展を物語る顕著な例であり、都市計画や防御システムのモデルケースとして歴史的価値を有しています。

基準(vi):長城は、中国の歴史、文学、芸術、伝説の中で繰り返し登場する精神的・象徴的な存在であり、国家の統一と独立を象徴する象徴物とされています。

参考:『The Great Wall』(UNESCO)

万里の長城の保全体制と管理の現状

万里の長城の保全においては、中国国家文物局および地方政府が中心となって、定期的な点検、修復、記録保存などの管理業務を実施しています。2006年には「万里の長城保護条例」が施行され、長城に対する不適切な開発や観光活動を規制する法的枠組みが整備されました。さらに、長城沿線の地域には保護ゾーンと緩衝ゾーンが設定されており、文化的景観全体を守るための土地利用管理も行われています。

近年は、風雨による劣化や観光客の増加による損傷が課題とされており、ドローンや3Dスキャンなど最新技術を活用した記録と修復の取り組みも進められています。また、地元住民の意識向上や地域コミュニティとの連携も重視されており、文化遺産としての価値を未来へ継承するための総合的な保護体制が構築されています。

まとめ

いかがだったでしょうか。

万里の長城は、単なる「防壁」としてのその壮大さにただ圧倒されるだけでなく、そこに込められた歴史の重みや人々の想いを知ることで、時代を超えて語り継がれるべき存在だと改めて実感しました。

実際にその場に立って、長城の上から広がる風景を見てみたくなりますね。

投稿者 伊藤

慶應義塾大学文学部卒業。在学中は西洋史学を専攻し、20世紀におけるアメリカの人種差別問題を題材に卒業論文を執筆。2021年に世界遺産検定1級を取得し、2024年には美術検定2級も取得。スタートアップ企業でCTOを務める傍ら、世界遺産クエストを通じて、世界遺産に関する発信活動を行う。

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